2010年11月12日金曜日

原告で有り、原告側の弁護人

肝炎の症状が出ても、弁護士の道を目指して辛いながらも勉強してきたって…本当にすごい人だなぁと、尊敬に値すると思う。

肝炎訴訟の原告で有り、原告側の弁護人でもある辰巳さん。
さぞ、原告団のみなさんは心強いだろうと思います。

信念をもって戦い続ける事は立派です☆
頑張ってください!!!



◆なにわ人模様:B型肝炎大阪訴訟原告・弁護士、辰巳創史さん /大阪(11月12日毎日新聞)

◇一日も早く和解成立を--辰巳創史さん(38)=奈良市 ◇経験以上の悲惨さに心痛む 「同じ患者として話すからこそ共感できることがある」。辰巳創史弁護士(38)=大阪弁護士会=は「B型肝炎大阪訴訟」の原告患者であり、弁護団のメンバーでもある特異な存在だ。
 原告団として行動する際の立ち位置は「弁護士」だ。だが「原告番号30番」として発言を求められると心のスイッチが切り替わる。「弁護士として言ってはならない感情的な発言もしてますね」と、少し照れくさそうに笑う。
 15歳の時、自らがB型肝炎ウイルスの持続感染者(キャリアー)と分かった。母子感染はなく、手術や輸血の経験もなかった。医師も感染理由が分からず、「何でやろなあ」と首をかしげていたのを覚えている。幸いにも症状は悪化せず、学生時代は一般の人と変わらない日常生活を送った。
 一人でこつこつする職人的な仕事にあこがれて弁護士を目指し、大学は法学部に進んだ。刑事や労働事件をしたかった。だが司法試験の壁は厚く、いったん就職した。
 体に異変が起きたのは29歳の時だった。肝機能の数値が悪化しており、慢性肝炎と診断された。1カ月ほど入院し、退院後も高価な薬を飲み続けざるを得なくなった。終わりの見えない肝炎との付き合いが始まった。
 04年度から法科大学院が開設されるのを知り、あきらめられなかった弁護士への夢がよみがえった。しかし退職して飛び込んだ大学院の授業は厳しく、無理を重ねる中で肝炎が再び悪化した。入院生活は長引いたが、「もう負けたくない」の一念で勉強は続けた。参考書をダンボール箱に入れて持ち込み、病室から大学院に通った。
 強い思いは実り、07年に新司法試験に合格。弁護士としてB型肝炎訴訟に加わった後、昨年6月に自らも原告として提訴した。多くの原告患者や遺族たちと知り合い、感染によって狂わされた人生を目の当たりにした。結婚や出産をあきらめた▽治療のため仕事を辞めた▽余命宣告を受けた--。差別や偏見も恐れ、大半の原告は実名を明らかにすらできない。自らの経験を超える悲惨な実態に心が痛んだ。
 自身は原告患者として実名を明かして会見に臨んでいる。だが家族を持ったことで意識は少し変わった。「長女(2)が大きくなった時、病気を嫌がらないだろうか」と不安も感じている。早く和解が成立して訴訟が終わり、安心して病気を打ち明けられる日を待ち望んでいる。【日野行介】
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 ■ことば
 ◇B型肝炎訴訟 B型肝炎ウイルスに感染した患者や遺族ら519人が「集団予防接種による注射器の使い回しで感染した」として、全国10地裁で国に損害賠償を求めている。札幌地裁で和解協議が進んでいるが、救済範囲や和解金額を巡って対立しており、解決の見通しは立っていない。